鍼灸(Shinkyu)は、古代の中国に発祥した針灸が日本に伝来し、日本において独自の発展を遂げたものです。現在では、日本には様々な流派の鍼灸が実践されており、「標準」とされる日本鍼灸の体系や手法というものは存在しません。したがって、日本において独自の発展を遂げた日本由来の鍼灸は、いずれも「日本鍼灸」(Japanese Shinkyu)と呼ぶことができるでしょう。
Japanese Shinkyu の特徴と優位性
日本鍼灸は、その理論や鍼と灸を施して治療するという「本質」においては、中国や韓国の鍼灸と違いはありません。日本鍼灸の特徴は各論的な部分における理論、技法、使用する道具などにあると言えるでしょう。東京インターナショナル鍼灸院の北川毅院長が世界各地における実体験を通じて得た、日本鍼灸の主要な特徴と優位性に関する筆者の見解は下記の通りです。そして、これらの特徴によって、日本の鍼灸は「洗練された鍼灸」として世界各地で認められつつあります。
- (1)丁寧で繊細
- (2)日本と日本人に対する信頼性
- (3)衛生的
- (4)鍼灸針の品質と性能
- (5)日本独自の灸法
- (6)洗練された鍼灸としての日本鍼灸
丁寧で繊細
世界各地で、筆者が鍼灸の施術と教育活動を行うなかで、諸外国の利用者や生徒たちが、日本の鍼灸に対して最も高く評価していることは、他の国々の手法と比較して、圧倒的に「丁寧」で「繊細」であるということです。そして、このことは流派に関わらず、おおよそ全ての流派の日本鍼灸に対する評価です。
鍼灸の臨床では、他人の体に対して、刺針や火を用いた施灸が行われます。そして、極めて低い侵襲性であっても、針を刺すという行為は第3者に対する侵襲行為に類する行為であり、患者さんが施術に対して恐怖感を持っている場合も少なくありません。そのため、鍼灸の施術では、丁寧(polite)で繊細という要素が、臨床においては基本的で重要な条件であると言えるでしょう。また、美容を目的とした鍼灸では、最も人目に付きやすい顔面部に対して刺針を行う機会が多くなるため、特に丁寧で繊細な技術が求められます。同時に、美容を目的とした顔面部に対する鍼の施術は、丁寧で繊細な日本の鍼灸の本領が最も発揮される分野のひとつです。
日本と日本人に対する信頼性
「日本製の電気製品」「日本製の自動車」「日本人の仕事」など、”Japanese” ”made in Japan” ”from Japan”など、”Japan” ”Japanese”とつくだけで、既に、世界中のどこへ行っても、その製品やサービスは「安心」で「安全」であり、同時に「一流」であると認知されています。そして、現在もなお、”Japan”と ” Japanese”は、世界中のどこでも、安定した「信頼のブランド」として認められています。ひとつの「国」として、このような事例は世界中でも他に存在するでしょうか。現在、世界各地で、日本の鍼灸が利用者や専門家に認められていることには、これまでの実績によって確立された日本と日本人の仕事に対する高い評価、つまり、「安心」で「安全」、そして「一流」であるという高い信頼性が大きな要因のひとつであると言えるでしょう。
衛生的
日本人の生活や仕事に対する評価として、「清潔」ということがよく言われます。例えば、日本を訪れた外国人の中には、トイレの清潔さに驚く人が少なくありません。感染症予防の立場から、「清潔」という概念は、鍼灸の臨床においては基本的で重要な要素です。しかし、残念ながら、現実には、鍼灸を実践する全ての国、あるいは全ての人々が「清潔」ということに対して十分な意識を持ち、適正な取り組みを行っているとは言えません。一方、日本人の保健所の指導や日本人の専門家の臨床では、「清潔」ということが徹底されています。
その典型的な例として、日本では、使い捨てで使用するステンレス製ディスポーザブル鍼灸針が考案され、臨床現場における鍼灸針の主流となっています。ディスポーザブル鍼灸針は、日本鍼灸の衛生的という特徴を象徴するものです。そして、そればかりでなく、日本鍼灸の臨床現場では、様々な器具、タオル、施術着などの全てにおいて、清潔ということについて細かく配慮されており、衛生的であることが評価されています。
鍼灸針の品質と性能
鍼の施術では、「疼痛」と「皮下出血」を軽減させることが、常に大きな課題となってきました。疼痛は主観的な感覚であり、痛みの感じ方は人によって個人差がありますが、刺針という行為では、常にある程度の痛みを伴う可能性があります。また、「皮下出血」やわずかの「出血」を伴う可能性もあり、皮下出血に起因して「青あざ」が生じる場合もあります。円滑で安全な鍼の施術を実現し、これらの問題をできる限り軽減するためには、必要な条件が2つあります。1つは、私たち専門家の技術力であり、もう1つは鍼灸針(鍼灸の施術に用いられる針 以下、針と記 載します)の品質と性能です。
日本の鍼灸は、これらの課題に対して、技術面からだけでなく、鍼灸針の品質と性能の面からも取り組んできました。現代の日本の製造技術は、直径が0.012㎜という極めて細い針の製造を可能とし、針先の切れ味についても飛躍的な機能性を実現しています。針の品質と性能が高ければ高いほど、それに伴って、施術によって生じ得る「痛み」「出血」「皮下出血」などの可能性は軽減されるため、私たち鍼灸師は円滑で安全な鍼の施術を実現することができます。そのため、現在の日本鍼灸の臨床は、日本製ディスポーザブル鍼灸針の高度な品質と性能に依存して行われていると言っても過言ではありません。同時に、このような高品質、高性能の日本製ディスポーザブル鍼灸針を使用することも日本鍼灸の大きな特徴であり優位性であると言えるでしょう。
日本独自の灸法
灸は、鍼と同じく中国で発祥して日本に伝来したものですが、日本においては独自の発展を遂げました。また、台座灸や炭化艾などの利便性の高い独自の道具も日本で考案されています。鍼と灸にはそれぞれ異なる効果と利点があり、また、両者を併用することで相乗効果が期待できる場合もあります。台座灸や炭化艾などの独自の道具も利用し、患者さんの訴えに基づき、鍼ばかりでなく灸の施術を積極的に行うことも日本鍼灸の特徴です。
洗練された鍼灸としての日本鍼灸
日本人には、「質」や「完成度」を高めることに優れているという特性があります。日本人は、ゼロから1を生む能力には乏しく不得手な傾向がありますが、反対に、1を100どころか1,000にまで高める能力を有しています。例えば、家庭電化製品、自動車、時計などは、いずれも日本人の発明ではありません。ところが、日本製のそれらの製品は世界を席巻し、”Made in Japan ”という言葉は、日本と日本人による「仕事」そのものを「世界のブランド」にしてしまいました。それは、私たち日本人が持つ能力的な特性、および日本人の努力と実績によるものです。また、「Karate」(空手)や「Ramen」(ラーメン)など、日本の食や文化などにも、世界的に認知されているものが少なくありません。
空手やラーメンは、いずれもその起源は中国にあり、日本に伝来して日本で独自の発展を遂げたものです。例えば、空手は、中国拳法が琉球(沖縄)を経由して日本に伝来し、その後に日本人が独自に発展させた日本特有の武術です。そして、現在では、この日本の武術は「Karate」という名称のもとに世界中で愛好されるようになりました。実際に、世界中のどこの国に行っても、おそらくKarateという言葉を知らない人はいないでしょう。また、昨今では、「ラーメン」(Ramen)が世界各地で大流行していますが、Ramenは中国から日本に伝来した「拉麺」が、長い時間の中で、上記のような日本人の特性を通じて独自に発展したものです。
このような事実は、日本人が物事を磨き上げる能力、すなわち、洗練する能力に優れていることを示唆しています。鍼灸も日本や日本人がゼロから生み出したものではなく、KarateやRamenと同様に、中国から日本に伝来したものです。そして、鍼灸は日本において独自の普及と発展をとげ、現代においては、上記のような様々な特徴と独自性を持つ日本特有の鍼灸(Japanese Shinkyu)が確立されています。そして、特に、「丁寧で繊細」「安全で安心」「衛生的」という日本鍼灸の特徴は、世界各地で高い評価を受けています。また、様々な独自の手法や道具などが生み出されており、日本の発明品であるディスポーザブル鍼灸針などは世界各地に普及し、衛生面と品質面から鍼灸の普及と発展に大きく貢献しています。
世界的に見れば、現時点では、臨床現場で実践されている鍼灸の主流は中国式の針灸であり、日本の鍼灸を実践する専門家はごく少数派であるというのが実情です。残念なことに、「量」の面では、日本の鍼灸に優位性はありません。しかし、上記のような様々な特徴や優位性から、日本の鍼灸は、「質」の面において優れた「洗練された鍼灸」として世界各地で認められつつあります。